Install Theme

作品の素晴らしさと作者の人間性を合わせて考えようとすると、その音楽を聴く気になれない様な事って多いと思うんだよね。ボブ・ディランやジョン・レノンだって自分のカミさんに随分酷い仕打ちをしてるんだから、なのになに偉そうに世の中について歌ってんだよ?とか思っちゃうよね。でも作品で表された事と作者の暮らしぶりと合わせて考えてもあまり意味がないと思うな。作品はその人の中で編集されて出て来るものだから。美しいものを表そうとする人が必ず美しくなければならないなら、大抵の表現者は嘘っぱちになるでしょ?

そんなわけでグレン・グールド。クラシックの演奏を細かに聴き分ける耳なんて全然ない僕でも、名前と演奏を聴き分けられる分かり易いスゴさ(技術)と独自の解釈をもったピアニスト。もう一人挙げるとしたらラインベルト・デ・レーウかも知れないけど、グレン・グールドの方がずっと広く知られているよね。僕はグレン・グールドの作品をそんなにたくさん知っているわけではないけど、それでも上記した二つの「ゴールドベルグ変奏曲」や「平均律」その他幾つかのバッハを弾いたものや、近代音楽のシェーンベルクを弾いたもの、ブラームス、モーツァルト、あ、あとベートーベンの「皇帝」(ストコフスキー指揮)のスゴい演奏等、、LPで持っていて二十代の頃よく聴いたんだよね。で、やっぱり特によく聴いたのは二つの「ゴールドベルグ変奏曲」で、二十代の頃は晩年の録音の方をより好んでいた。通常より遅いテンポで弾かれる晩年バージョンは、幾つものテイクを繋ぎ合わせて隅々、全ての音がグールドの意図した様にコントロールされたかの様な一分の隙もない演奏。いくら編集で作ったと云ったって、生身の人間が弾いたものをアナログテープに録音して編集したものだから、やはりあり得ない様な奮闘の結晶だと思う。そしてまるで今現在の音楽製作を先取りしたかの様な作品とも思うよね。しかし、最近になって聴き比べてみるとデビューレコードの方の「ゴールドベルグ変奏曲」がいいんだよね。通常よりかなり速いテンポで弾かれる初期バージョンの生き生きとした快活さ、風の様な水の様な鮮やかさは、歳取った人間には決して出来ない演奏だと云う事をある程度歳を取ってから聴くと痛感する。こんな圧倒的な両極を残したグレン・グールドは云うまでもなく天才音楽家だよね。グレン・グールド以前のクラシックの演奏にありがちだった勿体振った大仰さみたいなものを払拭して、明晰でリズミカルでメカニカル?な演奏に徹した故に獲得した叙情性は、クラシックファン以外の音楽ファンを多く魅了したのも当然かも知れない。グレン・グールドは五十歳で亡くなった。僕は二十五歳くらいの頃よく聴いていたので、自分の倍の年齢で亡くなったんだなって思っていた。そして今僕は五十歳なんだよね。

image

sakana - picture diary
(2013 12/27 fri)

人生初の車を買うことになりました。CMがバンバン流れてる(らしい)スズキのハスラー。(ウチにはテレビがない)

車に興味がない僕たちですが、ネットで見て一目惚れしてあっさり決まりました。色は散々迷って白に決定。納車はだいぶ先ですが、行動範囲が広がるし、温泉にも行けるし、、ってことで今から楽しみです。

Ensaboa Mulata / Cartola

敦賀のピザ屋にいた頃、駅前でカルトーラに似たお爺さんとすれ違うことがたまにあった。なぜか今日その人のことを思い出した。

帰ってから久しぶりにカルトーラを聴いた。最初に買った作品はブルーのシャツ、ピンクのソーサー、グリーンのカップが印象的な『愛するマンゲイラ』。他にも2枚持ってるんだけど、そちらもとてもいいんだよね。

image

image

2014.6.15

岩籠山と野坂山に行ってきました。(写真はユースケくんのfacebookより拝借)

朝6時に兄の店に集合し、敦賀駅から新疋田へ。そこから岩籠山→野坂山(山コース)→麓から兄の店まで歩く、、という登って下りて登って下りての全長20キロのコース。野坂山を一人でゆっくり登るのとはワケが違う、僕にとってはかなりハードな道のりでした。

反省点は色々ありましたが、次回はもっと楽しめるように体を作っていきたいなと思います。予定では昼過ぎに終わるはずだったのだけど、だいぶ遅くなってしまい、ゴールのヨーロッパ軒に辿り着いたのは夕方の4時でした。

一緒に走った(歩いた)皆さんが優しくて、そのおかげでなんとか歩き切ることができました。(ソイジョイを譲ってくれたユースケくん、塩熱サプリを分けてくれたTさん、トレッキングポールを貸してくれた兄さん、ポカリスエットと氷を補給してくれたハイカー・ナカタさん、、感謝です)

〆の大盛りカツ丼は最高に美味しかったです。

今までに作ってきたCDのジャケットについて振り返ってみます。ジャケットについては、今まであまり振り返って考えた事が無かった気がするので。大雑把ですけど、気に入っているものを挙げると、pocopen & nishiwaki名義の「sunny spot lane」、桜井芳樹さんと作った「far home」、sakanaでは「little swallow」のリミックス盤の方、「blind moon」のアルバムの方、「水」、、かな。自分なりに内容に合っていると思えるものが気に入っています。

image

「sunny spot lane」は単純な水玉模様みたいなイラストを描いて、それをわざと中途半端なトリミングでレイアウトしています。文字の配置もブロック毎に中揃えにしていたり、ちょっとおかしなレイアウトなんですけど、スカスカでどことなく不安定な内容に合っている気がしています。

image

桜井さんとの「far home」はleteで録音したので、お店の中でパッと印象に残るモチーフと、ギター二本のインストアルバムだと分かるようにギターを描きました。お店の薄暗い空気感やザラザラした質感を考慮しつつ内容に添って、ごくシンプルにデザインを考えました。

image

sakanaのリミックス盤の方の「little swallow」は丁度その頃描いて気に入った絵があったので、それをレーベルのデザイナーさんに渡してお任せしました。顔の部分を大きくトリミングして、中央に縦組日本語でタイトルと名前を入れたデザインがとても良くて、デザイナーさんに感謝しています。

image

「blind moon」は音源のミキシングを家に籠りきって一ヶ月くらいやっていた時に、それと平行して二日間くらいで描いたペン画でした。ミキシングは一曲毎に10テイクくらいずつ作って、それを散々聴き比べてテイクを決めると云う脳みそが腐りそうな作業を続けていて、なんだか朦朧としながら描いた覚えがあります。でも頭の中であのアルバムの曲だけがグルグル鳴っている様な状態でしたから、むしろよかったのかも知れません。

image

「水」は五分くらいで描いたような単純なペン画でしたけど、実はあの一枚の為に五十枚くらい似たようなペン画を描いた覚えがあります。で、確か四十九枚目か五十枚目に描いたものだったんですよね。あの頃は未だパソコンは無くて、版下原稿は手作業だった。sakanaのジャケットはどれもシンプルで凝ったデザインのものは無いですけど、中でも「水」は最シンプルなものです。これも内容に合っていると思うので今でも好きなんだと思います。

sakana - picture diary
(2013 6/25 tue)

nishiwaki kazuhiro - 絵のサイト

image

バールに灯ともる頃 / 1989

Washington D.C. Hospital Center Blues / Skip James

数日前、ある知り合いからもらったメールを読んでスキップ・ジェームスのセンターブルースと云う曲を思い出した。ゆったりした三連リズムに乗せて以下の様な歌詞が歌われる。

「ワシントンDCホスピタルセンターでは俺の事なんかほったらかしさ。俺は善良だが貧しいからな、分かるだろ?腹は減らない、食い物はあるし、眠るところもある。俺は善良だが貧しいからな、分かるだろ?、、」

30年代にレコード録音をおこなったが、不運によって作品は埋もれ、以降音楽をやめて牧師になったらしいスキップ・ジェームスは、60年代に再発見(この言葉がどうにもイヤだが)されるが、癌を患い入院中だったそうだ。しかし再発見されて演奏した事によって治療を受ける事が出来て、少し長くなった晩年に唯一無二の優れた演奏をたくさん残した。

人は望み通りに生きられないのと同じ様に望み通りに死ぬ事もかなわない事が多い。死を目前にした人を病院に見舞った事がある人なら、複雑な家族の思いと共に人がどんな風に扱われて死んでいくか知っているだろう。自分だけはそんな目にはあわないと考えられる人は居ないと思う。知り合いのメールはその事について、だから、人は誰の事もバカには出来ない、と続いていた。

*

スキップ・ジェームスのブルースは不気味で陰鬱と評される事が多い。でもなぜか僕にはそう感じられない。まあ僕のアホな頭で、歌詞をちゃんと理解出来ているとは思えないのだけれど、それにしてもだ。遠い森の奥深くから響くような、不思議に美しく優しい音楽だと思う。

sakana - picture diary
(2006 5/7 sat)

image

十日くらい前の事だけど、山田洋次監督の学校シリーズの四作目、「学校4」を観た。その日はなんとなくDVDでも観ようかなとレンタル屋に立ち寄ったものの、何も観たいものが見つからず、思い当たらずで、なんだかやっつけな気分で借りたので、全然期待して観なかったのだけどよかった。

以前にも書いたけど山田監督の映画はあまりにも分かり易く「必要を満たす」為のシーンが多いので、それが自分には余分に感じられてしまうところもある。この映画だったら、最後の方で老人介護について触れているエピソードがあるのだけど、それに「いかにも」な泣きのシーンが作られていて、それが大切な事に触れているエピソードなのにそれをちょっと安っぽく感じさせているように思えてしまうのだ。でも山田監督の映画はそう云うスタイルなのだと思っていればそれはあまり大したことじゃないように思う。

山田監督は、人の了見みたいなものをとても巧く掴んで表現する人だと思う。その「了見」と云うのは人が当たり前に自然に持っているその人の世界の広さみたいなもので、もちろん大抵の人は、視野を広く持とうとか、相手の立場になって考えてみようとか、広い視点で問題意識を持とうとか色々考えるわけだけど、なんか、それ以前にある人それぞれの生活の中での「世界の広さ」みたいなものの事。(うまく云えなくてすみません、誤解の無いように補足だけど、これは「世界観」とは全然違うものです)、。

僕は若い頃、山田監督の映画が嫌いだった(寅さんシリーズの幾つかと「幸せの黄色い~」くらいしか知らなかったけど)。で、それは若い頃ってその「了見」の外側に行きたいと願ってるからじゃないかなと思ったりする。色々途方もない事考えたりしてね。まあ少なくとも僕はそんな頭の軽い子供だった。今だってたいして変わってはないと思うけども、山田監督の映画の素晴らしさは感じるようになったわけですね。

sakana - picture diary
(2013 2/10 sun)

nishiwaki kazuhiro - 絵のサイト

トクラスで買い物。石鹸、ハラパ(スペインの裂き織りマット、玄関用に)、Gofishの7インチ。「レコード」という曲の再録音が入ってるんですが、黒田さんのチェロが素晴らしいです。昔、この曲が気に入ってデビューアルバム買ったのでした。

「不思議な少年」と云う大変面白い漫画がございます。現在も進行中の漫画ですので、次の掲載をいつも心待ちにしているのですが、不定期連載の為時折ひょっこり掲載されます。今までのお話はどれも甲乙付け難く面白いのですが、数ヶ月前に掲載された「由利香」と云うタイトルのものが印象に残っています。何処かの田舎町で、あどけなく生を謳歌する少女と、血みどろの暴力を繰り返す暗黒の人生が、警官に射殺されて今まさに終了しようと云う女性を同一名の表裏一体として語るこの物語を読んで、僕はボブ・ディランの「ハッティ・キャロルの孤独な死」と云う歌を連想したからです。ボブのこの曲は、極悪非道のザンジガーと真面目な使用人ハッティ・キャロルを表裏一体と云うとちょっとヘンかも知れませんが、対比して語られます。結論は人が人を裁く事の、不確かさ,恐ろしさを云っている様になっているのですが、どうもそれだけの様には思えません。「由利香」の方に次の様な一節があります。

「人の心の中には、その人自身も知らない無限の世界が広がっている。誰も知らないその世界の中に無数の人々が暮らしている。そこに暮らす無数の人々はその人の影であり、その人はまたその無数の人々の影でもあるんだ」

この一節は残虐な由利香が射殺された後、語られ、物語のラストは、射殺された由利香とのろまな警察を人々が口々に罵倒する台詞で終わります。ボブの歌の方は四番で法廷は、公正正義の名の下に金持ち馬鹿息子の殺人に対し数ヶ月の禁固刑を命じた、今こそ泣く時だろうと云うわけです。この歌は実際に起きた事件を元にしている様なので、世の中のシステム(メディア)のいい加減さとそれを妄信する事の恐ろしさを伝えていると受け取るのが自然なのかも知れませんが、どうしてなのか僕にはこの歌が世の中の不正に対してもの申す的な歌には聴こえなかったんです。ただの考え過ぎかもしれませんが、ボブは自分自身を義の立場に置いて歌ってはいない様に思えたからです。まあ、真意は分かりませんけれどね。ただ「由利香」を読んだ時、フッとこの歌を思い出し、上手く説明のつかなかったものが見事に表現されているなと思ったのでした。

人がどんなにシンプルになろうとしても、それが希望であれ、絶望であれ、呪いであれ、どうしたって相反するものがつきまとい不確かである事を描いた話が「不思議な少年」には多いんです。そうでなくては物語になり得ないとも云えますが、それに対するけりの付け方がおおらかと云うかなんか納得しちゃうんです。それは受け入れる事であったり、反発し続けて死によって中断されたりと様々ですが、作者の目線はいつもどこか暖かいんですね。言葉にするとちょいと陳腐ですが、これをなるほどと思える様に描くのはスゴい事です。人は塵から出来ているので泥と無縁では居られませんが、その中からキラキラ光るものをすくい取ろうとする意思に希望を繋いでいるところが好きです。

*

ってなわけでさらにボブですが、。ここまで書いておいてこんな事云うのもナンですが、実はハッティキャロルはそんなに好きな曲ではありません。もっと云えば、風に吹かれて、も、激しい雨が降る、も、時代は変わる、も名曲の代名詞的なライクアローリングストーンもあまり好きではありません。若い頃に限って好きな曲をあげるなら、北国の少女、オックスフォードタウン、ノースカントリーブルース、エデンの門、イッツオーライトマ、廃墟の街等ですね。個人的な内容を持ち前の想像力と閃き、そして恐ろしいほどの学習能力で極限まで押し広げた後、ものスゴい集中力でそれをグイっと手元まで引き寄せて歌っている様なそんな感じがボブの歌の魅力だと思います。、、とは云え、単にメロディやコード進行が好みだから選んでるって方が大きいと思うのですけど。しかし、正直な事云いますと近頃はCDプレーヤーにボブのアルバムがのっかるのは三年に一回くらいなんですけどね。

sakana - picture diary
(2006 9/17 sun)

nishiwaki kazuhiro - 絵のサイト